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真っ暗な闇、その中に俺はいた。
きっとこれは夢だろうな、と何となく冷静にそう考えた。
どこかに人がいる気配がして、そちらの方へと歩み寄る。
辺りは一面黒一色だったが、気配の主はその黒に紛れずにはっきりと存在していた。
それはまだ幼い少年で、膝を抱えてうずくまっていた。
着ている服は薄汚れていて、そこから覗く手は痩せ細っている。
しかし、ツヤがないとは言え、その青みがかった銀糸と白い肌の色には見覚えがあった。
ただ、夢の中なので誰かは思い出せなかった。
俺が近づくと、彼は肩をびくりと震わせた。
そして、キッと睨み付けるように顔を上げる。
その時に見えた、空を閉じ込めたような目。
どこか虚ろであったが、その色も意志の強い視線にも覚えがある。
間違いない、俺は確実にこの少年に会ったことがあるはずだ。
夢の感覚など定かではないが、これだけは本当のことのように思えた。
睨み付ける少年の目の前で屈み、視線を低く落とす。
「ママをかえせ、パパをかえせ」
彼はぽつりと呟いた。
彼のことに覚えはあれど、彼の両親までは検討がつかない。
尚も彼は、俺を睨み付けて言葉を続けた。
「ぼく、しってるんだ。
おまえたちがかくしてるんだろ?」
どうやら誰かと勘違いされているらしい。
よく見ると目元が酷く腫れていて、長い間泣いていたことがうかがえる。
無理もないだろう、まだ幼い彼は両親と引き離されているのだ。
自分も幼い頃に似たような経験をしたため、彼の痛みがよく分かった。
「…すまない、君のご両親の事は知らないし、そもそも俺は君が思ってる奴らの仲間じゃない」
「ウソだ!
はやくママとパパをかえせ!」
少年の悲痛な叫びに呼応するように、彼の目元にじわりと涙が滲んだ。
拭い取ろうと手を伸ばすと、バシッと弾かれてしまった。
その力は子供のものとは思えないほど力強いものだった。
「どうしたら信じてもらえるんだ?」
「だれもしんじるもんか。
みんなウソつきだ」
目の前で涙を浮かべながらギロリとこちらを睨む少年が、何故だか怯える子犬のように見えた。
彼に会ったことがあると確信しているとはいえ、誰か思い出せない以上彼の生い立ちもよく分からない。
弾かれた手が、行き場をなくしていた。
それから沈黙が続いていた。
ああ言われてしまっては、元々口下手な俺には何の言葉も思いつかない。
それでも、目の前の彼を助けなければいけない気がして、どうしようもないもどかしさを感じていた。
「ママがいってたんだ、せんそうがおわったらまたいっしょにくらせるねって」
独り言のように彼が呟いた。
それは何とか俺にも聞き取れる大きさで、沈黙を破った声に静かに耳を傾ける。
「でも、だれかがかなしむようなことはしちゃだめだっていったの、ママなんだ」
「そうか」
「せんそうなんてかなしいだけなのに、どうしてするんだろ…」
「………」
それは幼い少年の残酷な疑問だった。
戦争など、ごく少数の人間の私欲のために引き起こされる惨劇に過ぎないのだ。
そして、その報復にと争いは繰り返される。
こうして、人は負の連鎖に囚われてしまうのだ。
「ねぇ、しあわせになるのってむずかしいことなのかな?」
ずきり。
その一言に、時が止まった。
彼から表情は伏せられていて読み取れない。
「ぼくは、またママやパパとくらしたいだけなのに」
彼へと、腕が伸びた。
弾かれるかもしれないと思った。
しかし、どうしてか彼を抱きしめないといけない気がした。
やはり抱きしめられた彼は強い力で抵抗したが、それでも離れないようグッと力を込めた。
やがて彼は抵抗をやめた。
そればかりか、ゆるゆると背中に短い腕が回される。
「おまえ、ホントにおかしなやつだな」
そう言った少年の声は微かに震えていた。
表情を読み取ることは出来ないが、睨みつけてはいないだろう。
「まるで――――」
光の眩しさに目が、意識が冴え渡る。
ガバッと起き上がると、同じ天幕にいるティーダやセシルはまだ眠っていた。
夢を見たような気がしたが、ぼんやりとしていてどんな夢だったのか詳細に思い出せない。
まぁよくあることか、とあまり気にせず、寝ている二人を起こさないように天幕を出た。
辺りには朝特有のピンとした空気が漂う。
日もあまり高くないことから、どうやら早く目覚めたらしい。
「む、今日は早いな」
昨日の夜警当番であるウォーリアがこちらに気付いた。
いつも見ている姿のはずなのに、どこか違和感を感じる。
何故だろう、その理由までは思い出せないが。
「フリオニール?
どうしたんだ?」
「あ、いや、なんでもない」
ふと、重なる姿に首を振った。
まさか、そんなわけがあるはずがない。
あんなに頼もしい彼が、一瞬幼い子供に見えた、なんて。
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