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Fete mecontente

カチ、カチ……。
机の上に置かれた時計が時を刻む。
何もない休日に本を読むことは、店主の楽しみの一つであった。
もちろん、彼には他にもしたいことはあるのだが。
「それは、もう少し私が店主らしくなれた時に」
誰に言ったわけでもないその言葉は、香ばしい匂いが漂う彼の部屋の中に消えた。





「のばらせんぱーい!」
懐かしい声にコックが振り向けば、声の主はもう目前までやってきていた。
とっさに手に持った紙袋を守ろうとしたが、時すでに遅し。
駆け寄る勢いを殺すことなく、彼はコックへと飛びついた。
紙袋の中には脆いものもいくつかあった気がしたが、こうなってしまっては壊れていないことを願うしかない。

彼は、いつもこうなのだ。

コックが見下ろす視線の先には、えらく上機嫌の後輩がいた。
「コラ、危ないだろ!」
普段よりきつめの声で叱るが、抱き着く彼には効かないようだ。
嬉しそうな表情を崩すことなく、コックの顔を見つめながら興奮気味にまくし立てる。
「だってのばら先輩ってば、卒業してから全然会ってくれないじゃないスか」
「店の準備の手伝いがあったし、土日も普通に働いてるからな」
「俺、土日は朝から晩まで部活じゃないスか」
「まぁ、毎日遅くまで部活してるよな」
「だから、こうして会えたのがどんだけ嬉しいか分かってくれるよな?」
確かに、コックが彼に会うのは久しぶりだった。
彼らの小さなお城は、休日でも構わずに扉を開けたままである。
唯一その扉が閉ざされる日は、まだ学生である後輩が学業に勤しんでいる時と同じであった。
それに、このように自分を慕ってくれる後輩と長いこと会えずに寂しい思いをしていたのはコックも同じなのだ。
はぁ、と大きく溜息を吐き、再度彼を見つめるコックの眼差しは、睨みつけるものではなくなっていた。
「久しぶり、ティーダ」
その言葉に後輩は大いに満足したようで、にっこりと微笑み返した。




毎日遅くまで部活に勤しんでいる後輩だが、今日は練習もなく、授業も午前中で終わったらしい。
何をしようかとブラブラしていたところ、紙袋を持って歩くコックを見つけたのだと楽しそうに語っていた。
昼食をまだ食べてない、と後輩が言ったため、近くのファストフード店に足を運ぶ。
「やーりぃ、先輩の奢りっス」
「ちょ、そんなこと一言も…」
冗談を交わしつつメニューを選び、番号の書かれたプレートを預かって席に着く。
窓側の4人掛けの席に向かい合って座り、荷物を空いた席に置く。
紙袋の中身が少し心配だったコックは中身を確認したが、大きな被害はないようだ。
先ほどから大事に抱えられていたそれが気になり、後輩は尋ねた。
「さっきから気になってたけど、何なんスかそれ」
「ああ、これか?」
コックが嬉しそうに袋から取り出して並べたのは。



色とりどりのプラスチック製のグラス。

どこか懐かしい雰囲気を漂わせる、調味料入れの形をした陶磁器。

可愛らしいカエルのマークが描かれた洗剤と、それのセットであろう布巾や空のスプレーボトル。



明らかに女性が喜びそうな品の数々に、後輩は眉をひそめた。
「…プレゼント?」
「違う、家で使うんだ」
その一言に、後輩は小さく溜息をつく。
彼は昔から、どこか女性らしいのだ。
彼がまだ高校生であった時も、恋愛小説を読んで涙を流す姿を見たことがある。
後輩の部活の助っ人として入部していたときも、練習の合間に落ち着くからと言ってマネージャーの手伝いをこなしていた。
更にはこういった可愛らしい雑貨やら、雑誌に載っているような綺麗に盛り付けされたデザートに目を輝かせる。
それでいて友情に篤かったり、力が強かったりと、男性らしい部分も同じくらい持ち合わせている。
そして歳の割には大人びていて、そのはずなのに子供のように酷く純粋で。
後輩は、そんな相反した魅力を数多く持っているコックのことが好きであった。
例え、恋愛小説で涙を流す姿に若干引こうが、現に今目の前で嬉しそうに雑貨を並べる姿を見て溜息をつこうが、彼を慕う気持ちは変わらない。

そして、その感情が同性に抱くことがない域にまで達していることにも、とっくに気がついていた。

しかし、人に好かれることに関しては聡い後輩は、時期を見計らうことにした。
そのつもりなのだが、実際の彼にはそれほど時間は残されていない。
以前よりも会う時間が減り、あと少しでこの土地から離れなければならないからだ。
それでも可愛い後輩を演じ続けているのは、コックの笑顔が何より好きだからであった。
それを間近で見られるのなら、例え彼と恋仲ではなくても幸せでいられるのだ。
そのくらい、後輩にとってのそれは絶対なのである。



先出しされた炭酸飲料に口をつけながら、やっぱり雰囲気が変わった、と後輩はぼんやり思った。
大人びた雰囲気は元々あったのだが、それ以上に落ち着きや威厳のようなものが増した気がする。
社会人になると多少雰囲気が変わる、と無口な友人が言っていたのはどうやら本当のようだ。
並べた雑貨を元に戻すコックに、何気なく聞いてみた。
「なぁ、仕事ってやっぱり大変なのか?」
片づけを終え、注文したウーロン茶に伸ばしかけていたコックの手が少し止まった。
そして、その手を引っ込めてあごに添える。
「そうでもないぞ?
 確かに日程的にはハードかもしれないけど、そこそこ楽しいし」
「ふーん」
興味のなさそうな返事を返してストローをすすれば、ズズズと行儀の悪い音が響いた。
そこでちょうど良く頼んでいたハンバーガーが運ばれてきて、そちらに手を伸ばした。

「でも、ウォーリアがからかうのやめてくれればなぁ」

知らない名前に後輩の伸ばした手が止まる。
しかしそれはほんの一瞬だけで、何事もないように自分のハンバーガーを掴んだ。
「…ウォーリア?」
「あ、うちの店の店主なんだけど」
遅れてハンバーガーを手元に引き寄せ、包装を剥がしながらコックは話を続けた。
仕事の話をしているのだが、大抵は彼の雇い主であり、仕事仲間でもある店主のことが主であった。


彼のからかい癖がひどいこと。

彼を目当てにやってくる客が多いこと。

彼の字がきれいなこと。


どれもこれも普段するような他愛もない話であったにも関わらず、後輩には酷く長ったらしい話のように思えた。
たった一人の話題に終始するなど、今までなら絶対になかったはずだ。
それほどまでに魅力的な人物なのだろうか。
最後の一口を頬張りながら、適度に打つ相槌の合間に後輩はそんなことを考えた。

それに、不満だと言っているのにそれを話すコックの表情ときたら。

「まるで惚気てるみたいっス」
「…え?」
「なーんでもないっスよー」
そう言いながら後輩は空になった包装紙を丸め、コックが注文したポテトへと手を伸ばす。




食べていいとは一言も言われた覚えはなかったが、自分に溜まった鬱憤の対価と思えば安いものだと彼は思った。

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