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日はすっかりと落ち、辺りは静寂に包まれた。
ここに滞在する間、反乱軍のアジトの一角を寝室に充ててもらえることになった。
とは言っても「監視の目が行き届くから」というのが大きな名目だと思われるが。
溜息を吐き、ベッドサイドに腰掛ける。
体が重い、どうやら相当疲れているようだ。
無理もない、いくら旅慣れているからといえ、一度にいろいろなことが起こるのは好ましいものではないからだ。
ガーランドとの決着。
仲間との別れ。
新しい世界。
そして、全てを忘れた彼との再会。
誰かに忘れられるということがこれほど辛いことだとは考えたことがなかった。
一度記憶を失った私だ、もしかしたら誰かに同じ思いをさせてしまったかもしれない。
それとも、或いは。
そこまで考えると、コンコンとドアをノックする音が響いた。
ドアを開ければ、昼間の白魔導師がいた。
名は……ミンウと言っただろうか。
「夜分すまない」
「いや、どうかしたか?」
「貴方と、二人だけで話したいことが」
そう言い、門番に少しの間離れるように言い渡した。
そして、彼を招き入れた部屋の扉がゆっくりと閉じた。
私はベッドの上に腰掛け、彼はドアにもつれかかる様にして立っていた。
椅子があるのだから座ればいいと促したが、「すぐに終わるから」とその提案を拒んだ。
部屋を静寂が包む。
断ち切ったのは、向こうから聞こえた溜息だった。
「貴方の名前」
「?」
「仮初の……しかし、貴方にとっての唯一の名前」
「ああ」
私には名前が無かった。
いや、あったのだろうが思い出すことができないのだ。
それは皆と別れたあとも変わらず、今までの旅を通しても、結局私が何者であるのかは知ることができなかった。
しかし、いつの日か私に「名前」と呼べるものができた。
「『ライト』…いい名じゃないか。
彼が、フリオニールがつけてくれたのだろう?」
「…ああ」
今、私が「ライト」と呼ばれる理由。
それは「呼び名が『戦士』だなんておかしいじゃないか!」と抗議した彼が与えてくれたもの。
その名はいつしか仲間に伝わり、私の名として定着した。
「辛くないのか」
「そんなわけはないだろう」
「恋仲なら尚更か」
「…何が言いたい?」
相変わらずドアに凭れながら、しかし微動だにせず彼ははこちらを見ていた。
顔の大半は白い布に覆われ、表情が察しがたい。
睨むでもなく、ただこちらを見つめる視線は、気持ちを落ち着かせなくさせるのにはちょうどいいように感じた。
「単刀直入に言おう、ここから離脱する気はないか」
凪ぐ風のような声音で、彼はそう告げた。
「何故だ?」
「貴方の持つ記憶は特殊だ、きっと我々では理解しがたい理論で保たれている。
その証拠に、貴方は彼と共に戦ったというが、彼にはまったくその記憶がない。
きっとフリオニールは『その記憶自体所有していない』と考えるのが正しいだろう。
思い出すのを期待して旅に同行するのであれば、辞めておいた方がいい。
彼は貴方を信用していない、更に傷つくことになる」
つまりは、私のために身を引けというのか。
しかし、たとえどれだけ傷つこうが、ここから身を引く気はしない。
彼と共にありたいのは、その恐怖より大きな気持ちだった。
「それに、貴方の存在に彼自身が戸惑っている」
「…何?」
「彼は私にとっては弟のような存在だ。
正直なところ、彼の障害になるものはできるだけ取り除きたい」
訴える瞳の力は力強い。
緩むことなく、彼はこちらを見つめる。
こちらの方が退くよう勧めた理由としては大きいことを、それだけで物語っている。
「退く気はない、と言ったら?」
「力づくでも、と言いたい所だがそこまでは強要しない。
それに、既に貴方は一人の信頼を得ている」
「何?」
「ガイ、貴方を取り押さえてた子だよ。
あの子は人の心を読み取るのがうまい、言葉こそ不器用だがその分態度で示してくれる。
貴方も取り押さえられている間、力を緩めていたことに気づいていたのではないか?」
確かに、あの体格ならあれ以上の力をもって拘束することができたはずだ。
最初こそ力が込められていたが、それが最低限の力にまで緩んだのは彼の気遣いだったのか。
それに、信頼を勝ち取れていないのであれば、あの場面で腕の一つや二つへし折られても不思議ではないのだ。
私が無事でいられたこと、それは即ち拘束者の心遣い。
「ガイは優しい子だ、何かあれば力になってくれるだろう。
マリアも今はまだ警戒しているが、早い段階で信頼を寄せてくれると思う」
「…彼は?」
「フリオニールは…正直難しいだろう。
以前、敵の罠に嵌められてから、一層警戒心が増した」
彼の眉間に一瞬だけ皺が寄った。
何か痛ましい出来事が、そこで起こってしまったのだろう。
きっと、そのことを誰よりも負い目に感じたのはフリオニールだったのだ。
容易に察しがつく辺りが彼らしい。
そして、先ほどから疑問に感じていたことがひとつ。
「貴方は『離脱してくれ』という割に、私に対して気遣いばかりしているな」
「退くなどしないことは容易に想像できたからな」
フッと、彼の纏っていた雰囲気がやわらかいものになった。
どうやら、これが常のものであるらしい。
試されていたのか、と思うと少し不機嫌になったが、それも仕方がないことなのだろう。
「それに、さっきも言ったが彼のことが心配なんだ。
貴方に守ってもらいたい」
「…私に?」
「マリアやガイも心配しているが、少々無茶をする傾向があってね。
それは貴方もよく知っているはずだ」
確かに、「誰かのため」に彼はよく無茶をした。
きっとその性格はここで培われてきたのだろうか。
ふとそんなことを思った。
「旧知の仲だから、二人とも強く止めることができないんだ。
できるなら、貴方に」
「承知した」
「用件はそれだけだ。
手間を取らせてすまなかったね」
そう告げた彼はドアから離れ、ドアノブに手をつける。
カチャ、と音がしてから、彼はしばらく何かを考え込むように立ち尽くした。
そして、こちらに顔だけを向ける。
「確か、幼少の頃の記憶がないと…」
「ああ、気がついたら彼や他の仲間たちと行動を共にしていた」
「これは私の推測なのだが、貴方はフリオニールのように昔の記憶を所有していないのではないか?」
「……………」
「あくまで私の考えだ、参考程度に聞き流してくれて構わない。
それではおやすみ、よい夢を」
それだけ言い残して、彼は扉の向こう側へと消えていった。
次の日の朝、目が覚めたときには既に彼は旅立っていた。
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