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澄んだベルの音が店内に響く。
ふと店主が扉のある方を窺えば、そこには見慣れた小柄の少年が立っていた。
ふわりと優しく微笑み、彼の名前を呼ぶ。
「いらっしゃい、ルーネス」
「いつものでいいのか?」
「うん、お願い」
カウンター席に腰かけながらそう返した少年は、席に着くなりそわそわと辺りを見回す。
紅茶を淹れる準備をしながらその様子を窺っていた店主は気づかれないように苦笑する。
この店に来ると、彼はいつもこうだ。
こうやって、来るかどうかも分からない相手を待ち続けている。
店主はそんな彼を健気なものだと微笑ましく思う反面、自分には到底理解できないとも思っていた。
彼の好きなミルクティーを淹れる準備をしながら、今日は少し蒸し暑いから冷たい方が良いか尋ねようとしたときだった。
また、澄んだベルの音が店内を包む。
ハッと顔を上げた少年は扉の方に目をむけ、パッと表情を明るくした。
「ティナ!」
そう、彼が待っていた相手。
それは可憐さをそのままに残した一人の少女だった。
「ルーネス君、久しぶり」
花のように微笑む少女に、少年の頬がつられて緩む。
そして、店主ともにこやかに挨拶を交わし、少年の席の隣に荷物を置いてから一つの窓に向かう。
正確に言えば、窓のようであってそうでないそれ。
コックのために用意された、厨房とフロアを繋ぐためのそれ。
そこへ向かおうとしたとき、店主はふと声をかけた。
「ティナ、すまない。
フリオニールは今裏に行ってるんだ」
「え、そうだったの?」
「もともと厨房にいたのなら、ルーネスが来た時点でこちらに来るはずだ。
それに…」
店主がそう言いかけたとき、厨房からドサリと大きな物音がした。
それからあまり経たないうちに、厨房とフロアを結ぶ扉が開かれた。
「ルーネス、ティナ!
いつの間に来てたんだ?」
ついさっきまでいなかったはずのコックが、嬉しそうに店主の横へやってきた。
”それに、知り合いが来ているのに出迎えないはずがない。”
店主は心の中で途切れた言葉の続きを呟いた。
「私はついさっき。
ルーネス君は?」
「僕もティナよりちょっと前くらいだよ」
「そうか。
あ、何か食べていくか?」
「僕は今ミルクティー頼んだし、家で軽く食べたからいいよ」
「ウォーリアさんに今日のおすすめ聞いてないから、それを聞いてから頼むね」
「分かった、ゆっくりしていってくれよ!」
そう言い残し、コックは手を振って再び厨房へと戻っていった。
店主は少年に紅茶の温度の確認をとり、彼に出す紅茶の準備をしながら、今の時期に旬となる紅茶や今日のデザートに合う紅茶を少女に伝えた。
ミルクティーはやはり冷たい方が良かったようであり、少女の方は、本日のお勧めである柑橘類のゼリーに合わせて、ニルギリを用いたアイスティーを注文した。
「そういえば、ここに来るのも久々だわ」
出された紅茶を一口飲んでから、少女はまるで数年ぶりにここへやってきたように感慨深く呟いた。
確かに、店が出来た当初、少女は頻繁にここへ足を運んでいた。
しかし、暦が初夏に差し掛かる頃から、彼女は店に顔を出すことがなかったのだ。
「以前は頻繁に来ていたが…何かあったのか?」
「今、休日は時々雑貨屋でアルバイトしてて…。
店主さん…ケフカさんって言うんだけど、ちょっとおかしいところもあるけど、すごくいい人だし作ってる雑貨もきれいなの。
働いててとても楽しいわ」
「そうか、元気そうで何よりだ」
「それと、知り合いの人が開いてる喫茶店の手伝いもしてて。
今、身体を悪くしているみたいだからちょっと心配で、バイトが休みの日は手伝うようにしてるの。
だけど今日はウォーリアさんの淹れた紅茶が懐かしくなっちゃって」
「それは光栄だ」
ポットを洗いながらやんわりと店主は微笑んだ。
この少女はとても気立てがいい。
それは話を聞くだけでなく、彼女の振る舞いからも察することができた。
そんな彼女に少年が惹かれるのは少し分かるかもしれない。
先日コックが彼女の店で購入したらしい雑貨を話題に、嬉しそうに話す彼を見ながら、店主はぼんやりとそんなことを思った。
会話の途中、少女が再び紅茶に口をつけようとした時、注文されたデザートをコックが運びにやってきた。
そして、奇しくも同じタイミング。
この店の雰囲気には似つかわしくない、けたたましいエンジン音が鳴り響いた。
まず、その音にサッと顔色を変えたのは少年であった。
無理もない、この店にこんな音を轟かせてやってくる客はたった一人であり、その人物に対し彼があまりよい感情を抱いていないからだ。
たまたまフロアにいたコックと少女はそれに少し遅れ、少し嬉しそうに顔を綻ばせる。
対極の表情を浮かべる彼らがおかしく見えて、店主は気付かれないように笑みをこぼした。
しばらく鳴り響いたエンジン音がようやく鳴り止み、ドアのベルの音と共にやってきたのは一人の青年であった。
店主はいつものように微笑みながら、彼に声をかけた。
「いらっしゃい、クラウド」
彼がこの店で注文するものは決まっていた。
苦味の強いブラックコーヒーと、軽い軽食一品である。
サイフォンやコーヒーミル、コーヒー豆を準備している内に、少女の隣に腰掛けた彼は早々と注文を済ませ、コックは再び厨房に戻っていった。
豆を挽こうとコーヒーミルにそれらを入れてから、ふと店主は彼の目元の隈に視線が行き当たった。
「どうかしたのか?」
「ああ、卒論が少し長引いて寝不足なんだ」
「それなら、あまり苦味の強くないコーヒーの方がいいのではないか?
君がいつも飲んでいるのはカフェインが強い、眠れなくなるぞ」
「心配いらない。
むしろ、運転中に寝てしまう方が問題だ」
それもそうか、といつものように入れた豆をそのまま細かくなるまで挽き始めた。
少年は、少女を挟んで座った青年をまだじとりと睨んでいた。
この青年は少年が自分をよく思っていないことを知っている。
しかし、それをあえて知りながら、彼の神経を逆撫ですることを楽しんでいるのだから性質が悪い。
その上、少年の神経を逆撫でするのは非常に簡単だった。
「久しぶりだな、ティナ」
「クラウドも元気そうで良かった」
彼の場合はただ、少女と話すだけでそれが事足りるのである。
いつ少女に会えるかも分からない少年と違い、青年は彼女と同じ大学に通っている。
歳の近さや会話の頻度から考えても、彼の方が親密な付き合いができることを聡い少年は理解しているのだろう。
それに、青年は同性の店主から見ても、相当顔立ちの良い部類に入る。
だから少女に憧れる身として、彼を妬まずにはいられないのだろう。
フラスコを温めていたランプを除け、下がってくるコーヒーを見つめながら店主は目の前の光景を分析した。
コーヒーができあがった頃、ちょうど青年が注文したトーストとサラダを乗せたプレートをコックが運んできた。
「ああ、そうだ」
思い出したように青年はコックに声をかけた。
「今度の水曜なんだが…」
「ああ、いつものか。
分かった、じゃあいつもの時間に、いつもの場所で」
「すまないな」
「いいって。
じゃあ、ゆっくりしていってくれよ」
それだけ告げて、コックはまた厨房へと戻っていった。
それから隣の少女と話しつつ、出された料理を早々に平らげた彼は、同じくデザートを食べ終わり帰り支度を始めた彼女に家まで自分のバイクで送迎するを提案した。
彼女は申し訳なさそうにその提案を受け入れ、少年は案の定顔いっぱいに不機嫌を顕にしていた。
それから数時間後、閉店後の店内。
帰り支度を終えた二人は、カウンターに腰掛けて賄いを食べていた。
ふと、昼に青年とコックが交わした約束が気になり、店主は何気なくそのことに触れた。
するとコックはいきなり笑い出し、楽しそうに話したのだ。
「クラウドのやつ、今卒研で大変だって言うのに、夏に帰ってくる彼女のために料理を覚えたいらしいんだ。
何でも、今まで野菜の種類とかもよく分かってなかったのに、彼女に料理くらい作れるって見栄張ったみたいで」
店主はそれを聞きながら、彼の性質の悪い行動に割って入る気がしなかったのはこのためかと納得した。
青年と少女の会話は恋人同士と呼ぶには程遠く、むしろ友人として学業やサークルの話をしているというのがぴったりであった。
少年はまだ年齢的に色恋になれていないので、二人が親密そうに何かを話すだけでも気になって仕方がないのだろう。
しかし、コックは後に首を傾げて呟いた。
「でもルーネスには黙ってろって言うんだ。
何でだろうな?」
どうやら、色恋に疎いのは兄弟共通、といったところか。
店主はたまらなくおかしくなってクスリと笑った。
コックは不思議そうな顔でそれを見ていた。
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