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昼下がりの穏やかな時間。
優しい日差しが差し込む店内に、澄んだベルの音が鳴り響いた。
「いらっしゃい……」
いつもの笑顔を纏って来客を迎えようとした店主だったが、その姿を見てその必要がないことを悟る。
やってきた来客は、朗らかな笑みを浮かべてカウンターまでやってきた。
「久しぶり、ウォーリア」
彼は、店主の昔なじみだった。
「セシル、久しぶりじゃないか!」
「やぁ、フリオニール。
元気にしてた?」
「もちろん!」
昔なじみが来店していることを知ったコックは、珍しく厨房から出てきていた。
幸い、今は彼以外の客はおらず、それまでの仕事も特別忙しいわけでもなかった。
カウンター席の向かい、店主の隣の位置にすっかり腰を落ち着けている。
昔なじみとコックは異様に仲が良い。
傍から見れば兄弟と間違いそうなほどだ。
ぼんやりと彼らの様子を伺っていると、ぱたぱたとコックは厨房に戻っていった。
「ん?」
「あ、注文したんだよ。
一応お客さんだしね、何か頼まないと」
「そうか。
何か飲むか?
ちょうどダージリンのセカンドフラッシュが手に入ったんだが」
「そうだね、でもそれはまた今度にするよ。
だって、ウォーリアなら知ってるでしょう?」
「何を?」
訝しげに聞いた店主に、昔なじみは悪戯した後のような笑みを返した。
そして、ぼそりと耳元で言葉を続けると、店主の顔はますます険しくなった。
それがおかしくて、昔なじみはまたクスクスと笑う。
「お客様、ただ今当店ではそのメニューをお取り扱いしておりませんが?」
「えー、でもこの間までは出してたんでしょう?」
「…だからと言って、今注文をされても困る」
「でももうしちゃってるし、フリオニールも作ってくれるって」
「……………………」
はぁ、と店主は重くため息をついた。
事はもう終わっていると理解したのか、諦めて棚を漁り始めた。
「コーヒーになるが、構わないな」
「うん、ミルクを多めにしてくれるなら」
棚からコーヒー豆を取り出し、コーヒーミルやサイフォンの準備をしながら、ポットに水を入れお湯を沸かす。
一連の動作を眺めながら、昔なじみは随分と器用になったものだと感心した。
前の勤め先を退職したいと相談された頃は、もっと手際が悪くて、たまに見ていて危なっかしいと思うこともあったのだが。
そう、あの日を境に彼は変わった。
そんなことを思って、昔なじみは笑みをこぼした。
「?
どうかしたか?」
「いや、もう一年経つんだなぁって」
「一年…ああ、そういえばもうそんな時期か」
「うん。
ねぇ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな?」
「何を?」
「知ってるくせに」
「フリオニールから聞いてるんじゃないのか?」
「僕が知りたいのは、あなたから見たお話だよ」
喋りながらも作業は着実に進んでいく。
挽いた豆の香ばしい香りがあたりに立ち込めていた。
「あの日は、こんな高級なコーヒーは出せなかったな」
ぽつり、と店主が言った。
ネルをかぶせたろ過器をロートに取り付け、挽いた豆を量りながら入れる。
「紅茶は当然のようにティーバッグで、コーヒーももちろんインスタントだった」
「それはそうだろうね、高校の文化祭なんてそんなもんでしょう」
「従業員はたった一人の上に居眠りをしているし、メニューもひとつしか出せないと言う」
「…あなたが尋ねた時間も悪かったんじゃないの?」
「失礼な、終了1時間前はまだ営業時間だろう」
「でも高校生だしね、暇になったら抜け出したくもなるよね」
「だが」
計量スプーンを置き、店主はチラリと厨房のある方を見た。
昔なじみには、その視線はその時を懐かしんでいるようにも、愛でているようにも見えた。
「今こうしているためには、それで良かったんだ」
『店を開くなら、覗いておいてもいいんじゃないの?
あそこ出身の生徒ってそれなりの教育受けてるから、案外いい子がいそうなものだけど』
と、昔なじみに強引に押し切られる形で、青年はその高校の前にいた。
青年の外見は間違っても高校生と言えるものではなかったが、この日ばかりは不審な目もなく、すんなりと正門を通り抜けることができた。
というのも、本日、この高校は年間行事でも大型の部類に入るであろう文化祭の真っ最中なのであった。
その正門も派手に彩られていて、入るとすぐに自分の持ち場を宣伝する生徒たちに囲まれた。
そしてあっという間に、手にはいくつかのチラシが溜まっていた。
このような雰囲気は青年が彼らと同い年の頃にも苦手としていたもので、早くもやってきたことに対して彼は後悔し始めた。
「…仕方ない、行っておかないと後が面倒だ」
入り口で手渡された地図を頼りに、青年は目的の場所に向かった。
私立ディシディア学園は、この界隈でも大きい規模に分類される高校である。
学科は普通科の他、情報ビジネス科、スポーツ科、介護福祉科とバラエティに富んでいる。
そして、この中には青年が目的としている調理科もあった。
国家の認定を受けているため、この高校を卒業すると同時に調理科に所属する生徒には調理師免許が与えられる。
さらに、有志向けの講座を学科ごとに開講しており、それを受講している調理科の生徒ならば製菓衛生師の受験資格も得ることができる。
青年が以前勤めていた職場にインターンシップとして何人かの生徒が来ていたが、技量もマナーも目立って悪い点は見受けられなかった。
しかし、それでも店の料理全般を新社会人に任せるのは負担だろう、と青年は思っていた。
そのため、青年はいい人材に巡り合うことにさほど期待しておらず、むしろ「見つけたら儲けものだ」程度にしか考えていなかった。
それなら文化祭に顔を出す必要もないのだが、それでは後で昔なじみにどやされてしまう。
本日何度目かのため息をつきながら、迷路のような校内を歩き続けると、ようやく調理科の出店スペースへたどり着くことができた。
さすが調理科と言うだけあり、外の屋台とは比べ物にならないラインナップのメニューが並んでいる。
それも1つ2つではなく、どうも調理科が普段使用しているスペース中にこのような店が並んでいるらしい。
それを象徴するように、階段の踊り場や窓には所狭しと「喫茶」や「軽食」の文字が踊っていた。
しかしこれら全てに顔を出すわけにもいかず、どうしたものかと思ったときであった。
「ん?」
それは、きっと誰も気付きはしないだろう場所にあった。
重なり合うように貼り付けられた宣伝ポスターの一番下に、チラリと見えた見覚えのない模様。
上のポスターをよけてそれを見ると、そこにはポストカード大の古紙のような紙に「喫茶ふぃん 3階多目的教室」と書かれていた。
そして、ワンポイントのように紫色の花が紙の一部となって存在していた。
ノート大の再生紙にマーカーで書いたものが埋め尽くす中、そのポスターは奥ゆかしさや上品さを感じさせた。
そうだ、ここに行こう。
青年は直感的にそう思った。
ポスターに記された場所を地図で探し、そこへと足を運ぶ。
たどり着いた場所は、酷く閑散としていた。
無理もない、そろそろ文化祭は終了する時刻になろうとしている上、花形であろう店はここよりも離れた場所に存在するからだ。
目的の部屋の前には確かに看板らしきものがかかっているのだが、人の気配がまるでない。
入っていいものか迷ったが、いなかったならそのまま帰ればいいと割り切り扉を開ける。
引き戸特有の抵抗感と、それに呼応するようにガラガラと取り付けられたガラスが揺れる音。
レジに見立てたのであろう机が入り口に並び、そこから少し隠すようにつけられた簡易的な調理スペースが見える。
しかし、人の姿だけが見当たらなかった。
誰もいないのかと一歩踏み込むと、白い服を着た男が客席と思われる場所で突っ伏していた。
その服はどう見ても調理服であり、それは彼がここの生徒であり、この店のスタッフであることを示すには十分であった。
これが、後にCafe Cosmosを経営することになる二人の、初めての出会いである。
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