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Le garcon de sorcier

無礼な店員、これが青年の第一印象である。
それならさっさとそこで立ち去れば良かったものの、青年は何故かそれをしなかった。
否、できなかったと言い換えた方が正しかったのかもしれない。
癖の強い銀糸が、開け放された窓から入る風で柔らかく揺れる。
優しい光を受けて光るそれに、何故か目を奪われた。
「う…」
軽く身動ぎしたかと思えば、ぱちりと閉ざされていた目が開いた。
ごしごしと目をこすりながら、「レイラ、今何時…?」と寝起き特有のかすれた声で彼は言った。

そして、ばちりと目が合った。

初めはキョトンと青年の顔を見ていた少年だが、それは一瞬だった。
ばっと近くに置いていた調理帽を被り、わたわたと慌しく立ち上がる。
「え、あ、いいいいらっしゃいませ!!
 すいません、俺、居眠りなんか…!」
「いや…」
あまりの慌てぶりに、逆に青年のほうが申し訳なくなってきた。
今まで突っ伏していた机を布巾で拭き、少しずらしていたのであろう一輪挿しを元の位置に戻す。
そこには、廊下で見たポスターにあった花と同じものが挿してあった。
それにしても、この少年一人でここを借りることは不可能だろう。
不思議に思った青年は彼に尋ねた。
「ここは君一人でやっているのか?」
「え、もう一人……ってレイラ?
 あれ、どこに…?」
ぐるぐると狭い教室を見渡す少年の調理帽から、はらりと一切れの紙が舞い落ちた。
それに気がついた少年は床に落ちる前にその紙を掴み取り、それを見つめてため息をひとつこぼした。
「まったく……仕方ないな。
 すいません、俺一人だけになったみたいで…。
 本当は四人を二組に分けて、交代でやってたんですけど」
「相方に逃げられたのか」
「まぁ、そんなところです」
本当にすいません、と重ねて謝った少年は、どこか適当に座ってください、と言い、調理スペースに向かった。



席はいくらでもあったのだが、青年は先ほど少年が座っていた席の向かいに座り、ぼんやりと一輪挿しを見つめた。
「重ね重ねすいませんけど、今日最終日でこんな時間だから、ほとんど材料残ってなくて…。
 こっちで勝手に作っちゃってもいいですか?」
「ああ…」
「その代わりお代は結構ですんで…。
 あ、そうだ、何か飲みますか?
 と言っても、市販のコーヒーと紅茶くらいしか出せないんですけど」
クッキングヒーターに鍋を乗せ、電子ケトルに水を入れながら少年は言った。
流れるように料理の下準備を始めるその手つきは、危なっかしいところもあるがなかなか見事なものであった。
こんな人の波から外れた場所に持ち場を持っている生徒にしては、それはあまりにも手馴れていて。
危なっかしさは経験不足からくるものではなく、どちらかと言えば彼の性格から来ているのだろうか。
青年は、しばらく彼の作業する様子に魅入っていた。

少し厚めの肉を叩き、溶き卵にくぐらせた後にパン粉をつけ、温めていた鍋にそれを入れる。

香ばしい匂いが漂い始める前にパンをトースターに入れ、その内にキャベツを細かく千切りにする。



彼の手が、まるで魔法のように料理を作り上げていく。



「………?
 あの、何か…?」
「いや、随分手際がいいと思っただけだ」
「そんな、俺なんてまだまだです。
 下で店やってる奴の方が腕も成績も上ですし、この程度なら弟にもよく作ってるから」
からりと揚がった肉をうっすら焼けたパンと千切りにしたキャベツの上に乗せながら、少年は答えた。
それにソースをかけ、同じように焼いたパンを上に乗せてから、三等分に切り分けた。
「これでよし、と。
 今飲み物淹れますね……?」
料理を作り終えたところで、青年が席から立ち上がり、ケトルのあるところまで歩いてくる。
それを不思議そうに少年は眺めていた。
「ティーカップは?」
「えっと、そこのかごの中です」
「お湯の温度は?」
「確か、90度くらいで設定してたはず、です」
「分かった」
「って、あ、あの!
 俺がやりますから…」
「いいんだ、いい物を見せてもらったお礼に」
訝しげに見つめる少年をよそに、青年はかごからティーカップを二つ取り出し、お湯を注ぐ。
そして、ケトルに再度水を注いだ。
「何で二つ?」
「決まってるだろう、君の分だ」
「え、そ、そんな…!」
「もうそろそろ文化祭は終わるんだろう?
 それなら、それまで話し相手になってくれ。
 …お湯はどこに捨てればいいんだ?」
「そうですね、そろそろ店じまいだし、あのクーラーボックスの中に。
 氷溶かしておかないと」
言われたとおりにクーラーボックスの中にお湯を捨て、綺麗な布巾を借りてカップを拭きあげる。
そして、インスタントコーヒーをティースプーンで二杯ずついれ、お湯を注いだ。
「砂糖は要るか?」
「いや、ブラックでいいです」
「よし、ではいただこうか」
元の席にカップを運び、青年が座っていた席とその向かいの席へそれを置く。
そして、その中央には。






「セシル、お待ちどうさま!」
運ばれた皿の上に乗せられたカツサンドは、あの時やつい先日出されたものと変わって綺麗に盛り付けられている。
そのそばには先ほど店主が淹れたコーヒーが置かれていた。
「そういえば、セシルに出すの初めてだな」
「そうだね、きっと正攻法じゃ食べさせてもらえないもの」
「?
 まあいいや、ゆっくりしていってくれよ」
「あれ、君は?」
「これからまたお客さんが来る時間になるし。
 その前に下ごしらえしないと」
「そっか、頑張ってね」
コックに手を振りながら、昔なじみは微笑んだ。
厨房にコックの姿が消えるのを見届けると、彼は運ばれた料理に手を伸ばした。
「あの後」
「?」
「ティナから聞いた。
 フリオニールがあそこで店を開いていた理由を」
さくりと噛み締めたそれからは、ジワリと肉汁が溢れる。
確かに、高校生でここまでの料理が作れたのなら、わざわざ外れで店を出す必要はないだろう。
むしろ、花形として店を構えても良かったはずだ。
「店を構えられるのは三年の生徒だけ、さらに成績優良者は設備の整った部屋を借りて花形店のスタッフになれる。
 彼にもその誘いはあったようだが、どうも断ったらしい」
「…ああ、なんとなく分かった気がするよ」
「そうか」
後片付けをしながら答えた店主の声音は、酷く穏やかだった。
彼はそのことに気がついているのだろうか、とぼんやり思いながら、出されたコーヒーに再度口をつける。
独特の苦味と、ほのかな甘みが口に広がる。
「彼に、フリオニールに会えて、本当に良かったね」
それは、率直な昔なじみの感想だった。
店主はしばらく目を丸くしたが、ややあってからふわりと微笑んだ。
「そうだな」
優しく微笑みながら、そう呟いて。










「どうして、こんな外れに店を?」
「人通りが多かったら、その分店に人は入るけど、その分人と関わる時間も減ってしまうから。
 俺は、俺の料理をおいしそうに食べてる人を、近くで見たかったんだ」

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