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彼らの夏と飛行機雲

残暑厳しい夏のグラウンドは、さんさんと降り注ぐ日差しから受けた熱をそのまま跳ね返してじりじりと体力を奪う。
風も強くなく野球をするには絶好の天候なのだが、どうもそのおかげで当の選手たちは余計に消耗してしまったようだ。
中には熱中症で倒れてしまうものまで現れ、「これじゃ練習にならねぇわ」という監督の一言と共に本日の活動はお開きとなった。
それを受けまだ元気の有り余っていた兎丸がせっかくだし遊びに行こうと騒ぎ出し、それに便乗して猿野が、勢いに引きずられる形で司馬や犬飼らといったいつもの面々が揃った。
「みんなで出かけるなんて久しぶりだね」と言われ、子津は改めてつい先日まで行っていた練習風景を思い出す。
そうだった、朝から夜までグラウンドに缶詰になって練習をするのが普通であった以前では、部活の後に街に繰り出すなど考えられず、それぞれがまっすぐ家路に着くので精一杯だった。
今日のような状態でも、以前ならまだあそこで白球を追いかけていたに違いない。
つい最近の出来事のはずなのに、なんだかそれらが遠くに感じられる。
それが少し寂しいと思い、彼は僅かに胸を締め付けられる感覚を覚えた。



水を得た魚というのか、歳相応の反応なのか、繁華街に繰り出した彼らは久々の空気を満喫した。
まずボーリングを2ゲーム行ってから、近くのゲームセンターになだれ込んでカーレースやらシューティングゲームやらを思う存分プレイし、6人でめいいっぱい騒ぎまくった。
その後、まだ少し明るかったが個々の都合により今日は解散することになった。
まだ遊び足りないらしい猿野と兎丸、そんな彼らに付き添う形となった司馬は再び繁華街へ戻った。
毎日の練習で疲れているはずなのに、その気力は一体どこに隠してあったのだろうか。
これ以上は明日に支えそうだと思った他3人は疑問に思ったが、結局誰も口には出さなかった。
辰羅川は予約していた本を受け取りに行くついでに参考書を見たいと、最寄の本屋へ足を運ぶ。
残った犬飼と子津は、お互いやることもなく帰る方向も一緒ということで、そのまま共に家路へ着くことにした。







犬飼は自分から滅多に話さない。
かといって子津も口数が多いわけでないため、大体2人になると沈黙が流れる。
初めのうちは何とか話を繋がないとと子津も必死に話題を振っていたのだが、当の犬飼はそれを的確に相手のグローブへ返すよりも場外ホームランに持ち込むことの方が得意ときた。
結果、また振り出しに戻ってしまい、再び訪れた静寂を子津が気まずく思うことは何度となくあった。
しかし犬飼自身はこの静寂に何の苦痛も感じていないことに、何度か一緒に帰ってみてから彼はようやく気がついたのだ。
それなら無理に振舞わなくてもいいか、と最近では子津もこっそり便乗している。
慣れてしまえばこの静寂も居心地がいいもので、気がつけば一言も交わさずに別れることも最近では珍しくなくなった。
たまに訪れるこの空白の時間を、彼は結構気に入っていたりもする。


心地よい沈黙のまま川沿いの道へ差し掛かったとき、子津はふとまだ日の高い空を見上げた。
日が一番高かった頃よりは幾分か色は薄いが、雲の少ない真っ青な空は見ていて清々しい。
そこへ、割り込むように飛行機雲が一筋流れていく。
それを見ながら、まるで石灰で引いた白線のようだとぼんやり思った。
「おい」
少し遠くから、訝しがるような低めの声がかかる。
知らないうちに立ち止まっていたのか、気がつけば隣を歩いていたはずの犬飼と距離が開いていた。
それに気がついた子津が動き出すよりも先に、犬飼が彼の方へと戻り始めていた。
普段はぶっきらぼうなくせに、こうやってたまに優しいところを見せるもんだから、彼はあんなにもてるんじゃないのか。
一瞬、子津はそんなどうでもいいことを考えた。
もっとも、犬飼が苦手な女の子の前でこんな振る舞いをしているのかまでは、彼の窺い知るところではないが。
「どうした?」
「いや、あれ見てたんすよ」
子津の指差した先を見て、犬飼は眉を顰めた。
「…雲?」
「そうっすよ」
「とりあえず、あんなんいつだって見れんだろ」
「そうっすね」
そう答えると、犬飼はその端正な顔の眉間により深く皺を寄せた。
なんだかそれがおかしくて、子津はクスリと小さく笑う。
「何がおかしいんだ」
「別に、何でもないっすよ」
「気になる」
「だから、何もないですって」
犬飼はからかわれてると思ったのか、その眉間の皺をそのままに踵を返す。
そんな彼についていく前に、子津はもう一度飛行機雲を見上げた。
黒い燕尾を纏った小さな鳥がたった一羽、その空を横切っていった。






だいぶ日も傾いてきたはずなのに、相変わらず外気の熱は下がる気配を見せない。
仕方がないので道中にあるコンビニにどちらが言うでもなく入っていき、各々でアイスを買ってから外に出て日陰を探す。
店舗の倉庫側にそれを見つけ、2人はその場所の壁に凭れ掛かった。
「さっき、思ったんすよ」
棒アイスの袋を開けながら、ポツリと子津が呟いた。
その言葉は犬飼にも容易に届き、食べ口の蓋を開けようとする手を止める。
「…何を?」
「飛行機雲見て、ボクも飛んでみたいなぁって」
そう言いながら、今の空のような色をしたアイスに口をつける。
あのグラウンドの白線のような飛行機雲を見て、子津はこれまでの日々を思い返していた。
辛いことの連続のようで、それでいて毎日がとても楽しく充実し、その中をひたすら夢中で走り続けた日々。
それを示すかのように、子津の手にはまだ数箇所テーピングが施されている。
これでも一番酷かった時期に比べればだいぶマシになっているが、彼が今までどんな努力をしたのかをそこは雄弁に語っている。
すべては憧れのマウンドに立つため、自分の夢や目標を叶えるため、仲間の期待に応えるため。
それもたくさんの人たちの協力によって、ついに叶えることができた。
今の自分は変わったかと問われれば、子津は確実に変わったと言い切ることができる。

しかし、これで満足かと言われれば決してそうではないのだ。

隣を歩く彼は、子津と同い年ながら実力も才能も桁違いのライバルだ。
今は彼と並んで歩こうとするだけで精一杯だが、いつかは追い越してしまいたいと思う。
同じ舞台に一緒に上ることがない彼だからこそ、いっそのこと追いつきたいと願ってしまう。
だからこそ、飛翔する鳥のようにもっともっと遠くへ飛んでいきたいと彼は思った。
今は無理でも、いつかきっと。
そんな子津の思いを理解したのかしていないのか、犬飼はただ「そうか」とだけ返した。



時間が経ち徐々に溶け始める棒アイスと苦闘していると、少し上から間の抜けたような声が聞こえた。
「あ」
「何すか?」
「飛行機雲」
もう中身はなくなっているのに、その食べ口を銜えたままの犬飼が呟く。
見上げた先には、薄い水色になった空にうっすらかかる白線。
それを見てふと、子津はこの光景に犬飼が何を見ているのかが気になった。
願わくは彼も自分と同じ思いであってほしいが、何も考えていなさそうな気もしたので尋ねるのはやめておくことにした。

もうすぐこの暑い季節も終わり、やがて寒く厳しい冬を迎え、それを溶かして春へと巡る。
その頃までにボクらはどこまで飛べるのだろう、と最後一口となったソーダ味の余韻を楽しみながら子津は思った。

***

当時は未読の部分が多かったので、時系列は本編終了直後かその後か曖昧になるようにしました。
彼らの成長振りは、作中の時間で考えると本当に飛ぶようです。
今度は6人で思いっきり遊ばせてあげたい。

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