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恋だと結論付けさせて

この間、入学してから初めて席替えをした。
この暑くなり始めた時期とても不人気な窓際の後ろに移動が決まったが、意外と風が気持ちいいこの席は実は大穴じゃないかと思う。
それに、この席からは校庭の様子が綺麗に見えるのだ。
体育の授業で使っているときは、まるで精巧なミニチュアが所狭しと動き回っているようで、見ていて飽きなかったりする。
だからここに移ってから外を眺める時間が増えた。
「あ」
誰にも聞こえないくらいの声が漏れる。
ここから見ても一際目立つ姿は、天から授かった賜り物とでもいうべきか。
そんなことを本人に言ったらさぞ嫌な顔をするんだろうな、と想像して少し笑った。
しかし、あの銀色に輝く髪といい、琥珀色を宿らせた瞳といい、それらが映えるような褐色の肌といい、天に愛されていなければあそこまで好条件な贈り物などもらえないだろう。
そんな勝手なことをぼんやり思ったが、黒板を消す音が聞こえたと同時に彼の姿を追うのもやめた。



ボクの右手は現在凄まじいことになっている。
本当のところ、ただ肉刺が潰れたり、ささくれたり、すりむけたりが酷くなったので、練習に支障がないよう手にテーピングを施しているだけで、実はそこまで酷い怪我ではない。
だが、周囲に映るボクの姿は相当深刻らしく、よく右手の心配をされたりする。
無理すんなとかたまには休めとか、クラスの友達だけでなく野球部の同級生にまでよく言われている。
ボクにとっては無理でもなんでもなく、このくらいのことをしなければ一生マウンドになんて登れないのだから当然のことをしているまでだった。
人にしてみればそれでも過ぎた努力だというのかもしれないが。
ただ、同じポジションであるあの恵まれた彼だけは今のところ何も言ってこない。


合宿中に行った紅白戦で降板してひっそり泣いてから帰ってきたとき、何故かみんなボクの個人的な事情を理解していた。
それを知っているのはボクと監督だけのはずなのにと首を傾げたが、彼がたまたま聞いてしまっていたらしく、ボクがグラウンドから出て行った間に事情を説明したのだとあとから聞いた。
そのことを聞いたときは、よりによって一番聞かれたくない人に聞かれたものだと落胆したが、全員が事情を知っている時に分かったのだから後悔しても遅かった。
彼にだけは聞かれたくなかった理由について弁明しておくと、ボクは誰よりも彼に同情してもらいたくなかったのだ。
投手としてとても優秀な同級生の彼と先輩の投手陣が控えている中で、一度も試合に出してもらえなかったボクが戦力外通達されるときは遅かれ早かれやってきたと思う。
実力がない人間が蹴落とされるのは入部試験のときから承知している。だったら上半身裸だろうとヘッドスライディングするほどの覚悟ぐらいまた見せつけてやりたい。
そう、これはボクがあまりに実力がないばかりに引き起こした問題なのだ。
だからこそ、ボクの力で何とかするべきだと思ったし、誰かに同情してもらう項目でもなかった。
彼に対してなら尚更そう思った。
でも、きっと彼もそんな僕の気持ちを分かってくれたのだろう。
だからこそ、彼はボクがマウンドを降りるそのときまで口を噤んでいたのかもしれない。
今回の手の怪我に彼から何も苦言がないのもそのお陰だと思っている。
彼がボクの立場だとしたら、きっと同じような無茶をすることを彼も分かっているからだ。




同い年の同じポジションの人物は、どうも気になってしまうものである。
ボクなど比較対象にもならないことは重々承知しているが、それでも気になるのだから仕方がないとだけは言わせて欲しい。
向こうがボクのことをどういう風に捉えているのかは知らないが、たまに練習中に目が合うのだから、彼も何かボクに思うところがあるのかもしれない。
ボクとしては羨望の対象だったりするのだが、ここ最近は別の意味も視線に含まれていたりする。

実は、本当に、本当に幽かな感覚だが、彼に惹かれているように思うのだ。

ただ、ボク自身気の迷いなんじゃないかと首を傾げていたりする。
確かに、彼の何も言わない優しさはとても心地が良かった。
話しかけた時、口数の少ない彼と少し会話が盛り上がると妙に嬉しかったりする。
以前より目で追う時間も増した感じもする。
しかし、それが果たしてボクの中のどういう感情がそうさせているのかまでは理解できていない。
憧れが行き過ぎると恋愛みたいな感覚に陥ることもあるという。
ボクもそうなのかもしれないが、それを言い切るのにも要素が足りなかった。
例えば、彼の知らなかった一面に触れたときに、それを独り占めしたいなぁとか思ってしまったときなど、どう説明すればいいのだろう。
恋するってこういうことなのかなぁ、と考えてもみたが、今まで恋愛経験など皆無の自分が悩んだところで、それらしい答えなど出るはずがなかった。
というか出してどうするのだ、相手は同性だ、少しは考えろ、と頭の中では必死に警告音ばかりが鳴り響いているので、考えが進むはずもない。
何だかこんなぐちゃぐちゃした感情を込めて彼と接していいのかとしばしば考えたが、距離を置こうにも立場的に無理である。
だめだ、もう何も考えられない。
これが毎日行われる脳内会議の最終的な結論であった。





甲子園地区予選開始も目前というころ。
いつも練習に付き合ってもらっていた黒豹さんが急にバイトが入ったというので、校舎裏に作ったマウンドに久々に一人で立っていた。
こうして練習に打ち込んでいる間だけは、野球のことしか考えなくて済むのでかなり気が楽だったりする。
それに、ここ最近だいぶイメージしたとおりに球が投げられるようになってきて、投げることが自然と楽しくなっていた。
今日はまだまだいける気がする。
まだだ。
まだ。
…このときは気付いていなかったのだが、ボクは意外にもストッパーとなっていた黒豹さんの存在に頼りすぎていたらしい。
無心になろうと球を投げ続ける一方で、ここしばらくの間配球の管理をしていた彼が抜けたことで、自分にオーバーワークをさせていることに倒れる直前まで気がつかなかったのである。
気がつけば息も絶え絶えで、少々眩暈がした。
あー、そういえば一人で練習してたときは、もう少し早めに一度休憩を挟んだっけ。
そんなことをぼんやり思い出したところで後の祭りである。
誰もいない校舎裏、ボクはそこでふらりと意識を手放した。


だけど、遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえた気がする。







辺りから漂う消毒液の香りと、フワフワ舞う白く薄いカーテンを見て、何秒かかけて保健室にいることを理解した。
カーテンの向こうで誰かが話をする声がする。
一人は女の人の声、これは多分保健室の先生だ。
もう一人の声はどうも聞き取りづらい、というか話してすらいない気がする。
窓から差し込む日差しは倒れたときとあまり変わっておらず、気を失っていたのもここに運ばれてくる間までだったらしい。
それを証明するように、ボクの額に乗せられたタオルはまだ熱を溜め込んでいなかった。
なら、誰があんなところにいるボクを見つけてくれたのだろう。

しばらくしてガラッと扉が開く音がして、コツコツと女の人の靴から聞こえる軽快な音が聞こえた。
どうやら先生は席を外したらしい。
だったらボクはそこに残っている誰かにお礼を言って、また練習に戻ろう。
そう思って上半身を起こすと、それに気がついたのか残っていた誰かがカーテンを開けた。
そこにいたのは。
「…犬飼君?」
いつにも増して不機嫌そうな顔をした彼だった。


彼はいつでも仏頂面であるが、この顔をしているとき相当機嫌が悪いことは、短い付き合いでも何となく理解できた。
もっとも、こういう表情に変えるのが本当に得意な人物が一名いるため、見慣れているせいが大きいが。
「あの、ここまで運んでくれてありがとうございます」
ぺこりと軽く頭を下げるが、彼の眉間の皺はますます深くなるばかりだ。
何だろう、何か悪いことでもしただろうか。
そりゃあ校舎裏で倒れてたところを運んだのだから怒りたくなるのも分かるが、その程度でこんな顔をする人物ではないのだ。
あれでもないこれでもないと試行錯誤しているのが顔に出ていたのだろうか、目の前の人物は溜息をついた。
それと共に顔に湛えていた不機嫌な表情も少々和らいだ。
「とりあえず、何で倒れたか、分かるか」
「はいっす。ちょっと無理しすぎたっす」
「…ならいい」
彼は近くにある椅子を、ボクが起き上がった位置に近いところへ引き寄せて座った。
普段は少し目線をあげた先にある顔がまっすぐ覗き込める。
「手、出せ」
「…?」
「テーピング。ボロボロになってたろ」
「は、はい」
右手を差し出すと、確かにテーピングがボロボロになっていた。
それにも気付かなかったとは、どれだけ集中していたというのか。

あるいは、どれだけ球を投げることしか考えないようにしていたのか。

近くのサイドテーブルに消毒液やガーゼを置いて、ボクよりも大きな手がボロボロになったテープを剥がしていく。
全てを剥がしきったとき、彼は一瞬眉間に皺を寄せたが、ほんの少しでそれも元に戻っていた。
ガーゼに消毒液を滲みこませて、丁寧に出血箇所を手当てする。
ボクの手から伝わる、僅かに低い体温が心地よい。
そのはずなのに、ボクの心臓は跳ね上がり鼓動を全身に響かせていた。
早く終わって欲しい、終わって欲しくない。
矛盾した思いが交錯して、一体どっちがボクの本音なのか分かりやしない。
せっかく見やすい位置にある彼の顔から目を逸らし、消毒を終わらせて新しいテープを巻き始めたその大きな手をぼんやりと眺めた。
「何で、無茶した?」
不意にかかった言葉。
責めるような口調でなく、問いかけるようなそれ。
確かに、普段のボクを知っている人物からしてみれば、今回オーバーワークで倒れるなど予期していなかっただろう。
正直、自分自身倒れたことには驚いているのだ。
しかし、何故と問われて目の前の彼に返せる答えが見つからない。
だからといって「君のことを一瞬でも忘れるためですよ」などと本音を返すわけにもいかない。
うまい答えが思いつかず口を噤んでいたら、言いたくないと捉えたらしく、また盛大に息を吐く音が聞こえた。
ボクの手を、徐々にテープが覆っていく。
「とりあえず、お前のこと良く分かんねぇ」
「でしょうね。ボクも持て余してるっす」
例えば、君に対するこの感情とか。
続く言葉は飲み込んで、ごまかすように苦笑した。
今はまだごまかせている。そのことに安心し、ごまかしきれなくなった日を僅かに思う。
そうなる前にこんな感情とは決別したいものだ。
心でそんな決意を固めたときだった。



「なら、余ってる分オレにくれよ」



もし目の前に誰もいなかったら、盛大に頭をどこかに打ち付けていた。
何だ?
何かとんでもないセリフが聞こえた気がする。
とっさに今まで避けていた彼の顔を見れば、彼もこちらを見つめていた。
目を逸らせず、言葉も発せない。
周りはしんとしているのに、ボクの心臓はうるさいままだ。
「オレも、余ってる分、お前にやる」
気付けばテーピングが終わっていた手を大きな両手が包んで、そこに彼が額を宛がう。
その姿は、ボクの手を愛でているようにも、欲しているようにも見えた。

さっき捨てようと決めた感情が、とてつもなく膨張していく。
胸がいっぱいではち切れそうで、苦しくなって涙が出てきた。
それなのに、この感情を言い表す確かな言葉が見つからない。
ああ、でも何か言わないと。
「ボクの余りなんて、もらってどうするんすか」
「大事にする」
「訳分かんないっすよ」
「それでもいい。お前はどうしたいんだ?」
ふと、彼の顔が上がる。
ボクが泣いていたことに少し驚いていたようだったが、何も言わずに右手でボクの涙を拭った。
重なる手が温かい。
頬を滑る指が心地いい。
ボクはもっとこの人に触れたい、とその時ようやく自覚として飲み込むことができた。
なら、ボクに必要なものは。本当に欲しいものは。
「ボクは、余りだけじゃ物足りないっす」
彼の吊り上った目が少し丸くなった。
何を驚いているんだ。君は知っていたはずではないか。
ボクが自分の欲しいものに対しては身の危険すら顧みないくらい、貪欲であること。


「全部、欲しいっすよ」


涙が止まらない顔で精一杯微笑んだら、引き寄せられて強く抱きしめられた。
目元を肩の辺りに強く押し付けて、ボクも必死になって彼の背に腕をまわした。
温かい彼の身体をこのまま離したくはない。
そんなことを思いながら、彼に身を委ねた。



「恋」という字は、乱れて断ち切れない心を表したもの。
きっとそれは、あの正体不明の感情に酷似している。
彼の腕の中、するすると解けていく蟠りを感じて、ボクはようやくあの感情の答えを見つけることができた。

***

受け手は「愛」の字がはまる事が多かったのですが、きっとこっちの方がより悩むんだろうなーと思って。
犬飼は何かストンと納得するイメージ。「あー、あいつのこと好きだわ」って。

作品全体も「恋」の文字のごとく絡まって絡まってごちゃごちゃした感じにしたかったです。
恋に絡まったものが膨張して、きっと愛になるんだなってイメージ。

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