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とある何でもない一日

まるで陽だまりの中にいるみたいだ。
子供のように顔を摺り寄せながら、幼い幸福感がゆっくりと満たされていくのを彼は感じていた。




さて、どうしたものだろう。
読みかけの本を閉じてから、少年は思案した。
普通の休日。こうして彼の家に御呼ばれされることは珍しくない。
別に何をするでもなく、お互いぼんやりとした時間を共有するのだ。
そのときは大抵それぞれが別のことをしているのだが、今日の彼はそういう気分ではなかったらしい。
後ろから包み込むように抱きしめられ、首筋の近くに顔を摺り寄せられてしまっては、さすがにこのまま無視をし続けるわけにもいかないだろう。
閉じた本を脇に置いて、小さく息を吐き出してから、見えないだろうと思いつつ彼のほうへ顔を向けた。
「どうしたんすか」
諭すような優しい響きを帯びた声に反応したのか、少年の視界にあった銀糸が少しだけ揺らめいた。
しかしそれもほんの一瞬だけで、開放してくれるどころか、この状態を説明してくれるつもりもないらしい。
それを理解した少年はまた小さく息を吐き出して、ぼんやりと部屋の天井を仰ぎ見た。
答えはまだ聞けそうにない。



彼は、ふとその体を包み込みたい衝動に駆られた。それを実行に移すまでに、彼は時間を掛けなかった。
少し小さめの体を覆うと、ふわりと嗅ぎ慣れた匂いがした。
人は誰しも特有の匂いを持っている、と彼は思っている。
例えば、彼の目の前にいる少年からは、石鹸の香りに混じって、どこか懐かしい匂いがするのだ。
それは、日干しした布団や、幼い頃に隠した宝物のように、彼を優しく包んでくれるような香りだった。
それがたまらなく心地よくて、少年の腰周りに回した腕にきゅうと力を込めた。
どうしたのかと尋ねる声が聞こえたが、うまく言葉にできる気もしないので、抱きしめる腕はそのままに黙っていることにした。
ここからだと見えないが、きっとこの少年は困ったように笑っているのだろう。
その顔を想像して、彼は声を出さずに薄く笑った。
彼を占めたのは、大好きな甘いお菓子を一人で隠れて食べるような、小さな優越感。
子供染みてるけれども、それも悪くはないかもしれない。
いつもピンと張り詰めている気も、プライドも、この少年といるときばかりは無意味なものでしかないように思えるのだ。
そう感じるほどに、彼にとって少年は特別だった。




どのくらい経っただろうか。
きっと先ほどまで読んでいた本をもう一度読み直していれば、この時間はあっという間に過ぎていたのかもしれないが、少年はそうすることもなく、ただ無為に時間をもてあそんでいた。
規則正しく息をする音が後ろから聞こえてくるあたり、もしかしたら彼は寝てしまったのかもしれない。
「犬飼くん」
声を潜めて、少年は彼を呼んだ。
彼が動いた様子は感じられない。
「犬飼くん」
抱き寄せるためにウエストの辺りに回された腕にそっと触れて、少しだけ揺すってみる。
それでも動く様子のない彼に、少年は再び、どうしたものかと思考をめぐらせた。
気持ちよく眠っているのなら起こすのは気が引ける。しかし、こんな寝辛い体勢のままでは、体を痛めてしまうだろう。

そこまで考えて、ふと少年は口を開いた。

「…狸寝入り?」
「…………」
息が少しだけ乱れた。どうやらそういうことらしい。
それにわざと気がつかなかった振りをして、腕に添えた手をそのままに、少年はゆっくりまぶたを閉じた。
自身を包む彼の熱だけが、じんわりと伝わってくる。
それは、彼の体の熱というよりも、自身の一部のような気さえした。
それを思うと何故かうれしくなり、口元が緩やかに弧を描いた。
「ねぇ」
ゆっくりと、口を開く。
その声は、手品の仕掛けを告げるときのように楽しげで、それでいて消えそうなほど掠れていて儚い。
「そのまま聞いてて欲しいっす」
触れていた腕が、ピクリと動いた気がした。



離し難い少年の体をそのままに、彼は寝ているときのように規則正しく呼吸していた。
しかし、どうも気が付かれてしまったと悟ると、閉じていたまぶたをうっすらと開いて、少しだけ顔を上げる。
歌うように囁く声が、ちょうど聞こえる大きさで耳に届いた。
それは今まで幾度となく聞いてきた言葉だったが、途端、彼は顔中に熱が集まるのを感じ、それを隠すように少年の首筋へ再び顔を埋めてしまった。
その様子に満足したのか、少年は照れたように少しだけ笑って、また再び無為な時間へと戻っていった。
とっさに返そうとした言葉は詰まって出てこず、そのまま彼の中に取り残された。
その言葉の代わりに、回した腕にまた少しだけ力を込めることしか、彼にはできなかったのだ。
紡げなかった言葉がここから少しでも伝わればいいと、ぼんやり願いながら。




「大好きっすよ」
優しく紡がれたその言葉は、いつだって心を乱す。
それでいて、その幸せな響きに、抗うことを忘れてしまう。
その言葉を与えてくれるその人を、彼がいつまでも大切にしようと思ったことを、少年は知らない。

***

どうして、そう、なるの!


…という突っ込みすらするのが面倒というか無意味に思えてきました。
このふたり こわい。

そんな散文。

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