忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ないものねだりの恋

それに気がついたのは、熱気冷めやらぬあの夏がようやく鳴りを潜めた頃。
でも、ボクはそれに気付かぬふりをした。



長いようであっという間だった甲子園予選と県対抗選抜が終わり、3年生も引退してからしばらく経つ。
秋季大会に向けての練習を終え、グラウンドの後片付けをし終えたボクらは帰り支度を始める。
ボクらは大体いつも6人で帰るのが当たり前になっていて、その日もそうなるものだと思っていた。
ぶらぶら歩きながら他愛もない話をして、途中で何か食べたり飲んだりしながら、ゆっくり家路につくのだと。
そのときまで、信じて疑わなかった。

あの人の着替えがいつになく早い。
いつもなら誰かをからかいながらだらだらと帰り支度をして、みんなより少し遅くにようやくそれが終わるくらいなのに。
「んじゃ、悪ぃけど今日は先に帰るわ」
そう言っていそいそと荷物を肩にかけながら、部室の出口へと向かって行った。
別れの挨拶を言い切る前に、荒々しくドアが閉まる。
「やっぱりさー、絶対そうだよね、シバくん」
兎丸くんは何か察しがついたのか、ニヤニヤしながら近くにいた司馬くんに話しかける。
その笑い方は、どことなく噂好きの少女のそれに近い。
ボクもそのことには気がついていたが、認めたくない部分が大きくて、まだはっきりとそれを言葉として聞いていない。
だから正直、やばいと思った。
話しかけられた本人は少しだけ首を傾げた。どうやら彼には心当たりがないようだ。
相手の様子が芳しくないせいか、兎丸くんは先ほどの笑顔を曇らせ、少し拗ねたような表情になった。
そしてつまらなさそうに続ける。
「えー、何がって?
 だからさー、兄ちゃんが…」
「ボ、ボク今日はちょっと早く帰らないと…。
 お先に失礼するっす!」
誰に言うでもなく早口気味にそう言い訳して、慌ててその場を離れた。
少しだけ走ってから、さっきの声はまるで悲鳴のようだったなと自嘲した。



「そのこと」―――、猿野くんと鳥居さんが付き合い始めたこと。
県対抗選抜が終わってから、彼らの距離感は以前より近くなっていた。
予選の頃の様子を思うと、遅かれ早かれいつかはこうなっていたのかもしれない。
彼女は少なくともあの人に惹かれていたように見えたし、あの人ももちろん彼女に惹かれていた。
それを思うと胸は締め付けられたが、そんな日は来ないだろうと、何故か心のどこかで楽観していた。
足掻けばいつか彼の傍にいけると、がむしゃらに信じていたのだ。

そんないつ来るか分からないときを想うほど、ボクはあの人に惹かれていた。





次の日、なんとなく部活をサボった。
散々真面目くんと揶揄されたボクがサボりだなんて大快挙だ、と小さく鼻で笑う。
しかし、だからといっていつもより早い時間に帰って家族にあれこれ聞かれるのも面倒で、暗くなるまで屋上に隠れていることにした。
入り口からは陰になった、扉のために作られた壁に体を委ねて、ぼんやり空を眺める。
吹奏楽部のトランペットの音、運動部の喧騒、調子の外れた低い掛け声。
すべては耳に届くのに、ボクの周りは少し強い風が通り過ぎていくばかりで、どこか別の世界にいるようだった。
…本当にそうだとしたなら、どれだけ救われるか。

そう思ったときだった。

「おい」
唐突にかけられた声と、今まで見上げていた空を塞ぐ影。
犬飼くんだった。
「何してんだ」
「こっちのセリフっすよ、さっきランニングの声してたっすよ」
「別に」
そう言って、彼はボクの隣に腰を下ろす。
彼もサボりだろうか。次期エースがこんな気分屋でどうするのだろう。
もっとも、それは今に始まった懸念ではないし、彼以外にその役割を全うできる選手も見当たらないのだが。


それからボクらはしばらく、お互い何も言わずにそこに座っていた。
ボクは相変わらず流れる雲を眺めながら、何を思うわけでもなくぼんやりとしていた。
「なぁ」
不意に声がかかった。
ボクは返事をする代わりにそちらを見やる。
「好きなんだろ、バカ猿のこと」
少しだけ、肩が動く。彼を見ていた目も見開いてしまったかも知れない。
ごまかすには手遅れかもしれないが、まっすぐ見てくる彼の視線から逃れるように顔を戻し、呟いた。
「べ、別に、そんなこと」
「嘘だ。いつも見てる」
きっぱりとした否定に返す言葉がない。
それほどまでに態度に出てしまっていただろうか。
人の変化に疎そうな彼に気付かれる程度だ、もしかしたら他の人にも気付かれているのかもしれない。
そう思ったら、体中からサッと血の気が引いた。
「もしかして、みんな気付いて…?」
「大丈夫だ、他は誰も気付いちゃいねえ。
 それより、お前も知ってんだろ。あのこと」
知られていないことには安堵したが、また痛いことを聞かれた。
何が、ととぼけて聞くのはあまりにも野暮だ。
「……ええ」
ボクはかさついた喉から絞り出すように声を出した。
認めてしまうのは辛いが、誰かの口から直接聞くよりはましだから仕方がない。
無意識に、きゅ、と唇を軽く噛む。
「なら」
その声は、いつも話す声と変わらない。
何気ない話をするかのように、彼は続けた。



「早く忘れてくれよ、そんな気持ち」



一瞬、何を言われたのか理解ができなかった。
弾け飛ぶように顔をもう一度彼の方へ向けると、大きな手に顎を持ち上げられた。
「な」
突然のことに抗議しようと開いた唇を、彼のそれが塞ぐ。
力いっぱい彼を突き飛ばそうにも、バランスを崩した体を支える片腕のせいで、それも満足に叶わない。
悔しさで涙が滲む。
先ほどの言葉と合わせて、その行為はボクのすべてを侮辱されたようだった。

重ね合わせただけのそれは、ほんの数秒で開放された。
その瞬間、ボクは間髪いれずに空いていた腕で、思い切り彼の頬を引っ叩いた。
溜め込んだ涙がボロボロこぼれてきて、好都合なことにあっという間に彼の顔なんて霞んでまともに見えなくなった。
「なんで、あいつなんだよ」
ポロリとこぼれた言葉は、さっきのような声だったか。それとも。
どっちにしろ、今のボクにはすべて無機質にしか聞こえない。
その問いに答えることもせず、ボクはただその場を離れたくて、ひたすら走った。




忘れろと言われて忘れられるくらいなら、とっくに忘れている。
ボクだって苦しいのは嫌だ。できることならどこかに投げ捨ててしまいたい。
ただ、それはもっと辛くて苦しい。たったそれだけの話。
だから、ずっと「もしかしたら」「きっと」と呟き続けて、事実を信じないようにしている。
馬鹿みたいな話だが、今はこうして苦しいのをごまかすくらいしか思いつかないのだ。
そうしてしまえば、今以上にあの人のことを想ってしまうというのに。



***



それからしばらくして、決定的な場面に出くわした。
昨日、監督がガス抜きと称した久々の休日。
散髪と買い物を兼ねて街に出かけると、遠巻きにあの人の姿が見えた。
何をしているのだろう。思わず声をかけようとしたとき。

彼女が、傍に駆け寄ってきた。

待ち合わせでもしていたのだろう。彼女は謝るように頭を下げていて、あの人はその姿に少しだけ慌てふためいていた。
それでも、どこか幸せそうで。
そこから先は見たくなくて目を逸らしたので、どうなったのか分からない。



「なんつー顔してんだ」
放課後、誰もいない教室で一人机に突っ伏していたら、いきなりそんなことを言われた。
「…そこから顔なんて見えるわけないじゃないすか」
「大体分かる」
「じゃあ放っといてほしいっす」
あの日からボクは極力彼を避けていたのに、いつしか彼は強引にボクの傍にいるようになった。
話しかけられてもこうやって突っぱねたことしか言わないのに、彼は気付かないふりをして普通に話しかけてくる。
今だってそうだ。放っておいてほしいと言っているのに、そこから動く気がない。
「何なんすか。いやがらせっすか」
「別に。放っておけないだけだ」
「それが嫌だって言ってるんすよ!」
伏せていた顔を持ち上げて、彼を睨みつけながら叫ぶ。
ボクがこんなに拒絶しているのに、彼は優しさを与えることをやめない。
それがじくじくとボクの傷口を広げているのに。
「自分でも馬鹿なことしてるって自覚くらいあるんすよ!
 忘れられないからずっとホントのことに気付かないふりして、自分を騙して、勝手に傷ついて!
 それなのに、何でそうやって慰めようとするんすか!?」
本当は、もう少しの覚悟さえあれば、ボクは簡単に事実を受け止めてしまえるだろう。
でも、そうやって優しくされてしまうから、ボクはそれに甘えて、また自分を騙そうとする。
それがどれだけ残酷なのか、彼は知っているのだろうか。

ボクの机を挟んで座っていた彼は、僕に向ける視線を逸らさなかったが、何も答えなかった。
しかし、しばらくしてから、はぁ、と軽く息を吐き出して、いつもの調子で言った。
「お前が好きだから。それしか思いつかない」
単純明快な答えだった。だからこそ納得いかなかった。
納得したくなんてなかった。
「お前があいつの世話あれこれ焼いてたのと一緒だ。
 オレだって、お前の力にも支えにもなれなくても、その真似事くらいしたい」
なんて自分勝手な答えなのだろう。
しかし、当然批判なんてできないそれを憎らしく思う。
このまっすぐに向けられた好意に、ボクは傷つけられている。



本当なら、この思いはたくさんの時間をかけて、ボク一人の中で思い出として昇華されていくはずだった。
女々しく一人で泣きじゃくりながら、誰にも気付かれずに折り合いを付けるつもりでいた。
あの人を好きになって、いつかはそうしないといけないと覚悟をしていたはずなのに。
ボクはとても弱いから、縋りつけるものにはどうしても手を伸ばさずにはいられない。
それはこれまでの日常、自分についてきた嘘、目の前の彼、それらすべて。
振り解きたくてもできないそれらは、確実にボクを蝕む。



この恋は散った今でも、ボクに甘い餌を振りまいて、心の中に居座ろうとするのだ。



気がつくと、ボクはあんなに必死に振り払っていたはずの彼の優しさに縋りついていた。
「好きなんすよ、今でも、本当に」
「…ああ」
「だけど、…諦められ、ないし…っ、嫌われたく、ない」
「…そうだな」
相槌を打ちながら、宥めるように優しく頭を叩く手が酷く心地よかった。
それに呼応するように、今まで塞き止めていた気持ちが溢れて止められなくなっていた。

ボクは今、とても酷いことをしている。
きっと、今は無理だとしても、何ヶ月、いや何年とかけて、いつかボクはこの気持ちを思い出に変えようとするだろう。
しかし、そのすべてを終わらせても、ボクはこの優しい彼を愛することはないと思う。
それなのに、彼の優しさにどうしても手を伸ばしてしまって、こうして淡く期待を持たせてしまっている。
それに彼が苦しめられることを、ボクは嫌というほど知っているのに。
本当なら、そんな苦しい思いをさせる前に、ボクは彼から離れるべきなのに。

いっそ、この恋であの人ではなく彼を好きになれていたなら、どれだけ幸せだっただろう。



塞き止めていたものが溢れ返った後、すい、と頬へ彼の手が触れた。
それは顎へと滑り落ち、やんわりと添えられる。
それを撥ね退けなかったのは、卑怯なボクのエゴだ。

また重なった唇からは、塩辛い味が少しだけした。

***

大まかなところだけインスパイヤしました。本当にごめんなさい。
細かいところはもう覚えていません、もう7年近く前に見た映画なので。
さまざまな視点から見たある2人の恋愛とその人達を取り巻く人のお話でした。映像が綺麗だったのは覚えています。


久々に、というか恋愛感情込みの話では初めて、いつもの基軸から外れた話になりました。
それでもちゅっちゅしてるんだからこいつら…ぐぬぬぬ。
気持ちが向かないからいつもより犬飼の感情を汲み取れない子津くんと、そんな彼を好きで仕方がない犬飼さん。

書きながら普段この2人黙ってることが多いよね、と思った。
むしろ普段が以心伝心しすぎてて怖い。犬子どういうこと。

拍手

PR

Copyright © Re:pray : All rights reserved

「Re:pray」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]