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破天荒な料理人は美酒がお好き

チャイムの音が響く。
客人が来る予定はなかったはず、とインターホンを覗けば、見知った顔が小さめのビニール袋を片手にそこにいた。
ため息を付き、開錠のボタンは押さず、そのまま受話器を手に取る
「…悪いがお引取り願おうか」
『えー、せっかく材料買ってきたのに』
「君が食べたかっただけだろう?」
『そうだけど、自分で食べたかっただけなら、こんな夜遅くに生バジルとモッツァレラ探す旅には出ねーよ』
そんなことをこちらは頼んだ覚えはない。
しかしそう続けようものなら、話が長くなるのは明白だ。
言葉を吐きだす代わりに、受話器の向こう側にも聞こえるほど深々とため息をついた。
「で、用件は」
『お酒飲ませて』
「却下」



結局その後、今日買ってきたのは結構いいとこのチーズだっただの、奮発していい塩を手に入れてきただの、普段聞いているプレゼンより勇ましいだけのものを聞かされた挙句、観念して彼を招き入れるボタンを押してしまった。
そのひどいプレゼンのとどめが「どうせ何も食ってないんだろ」という見透かされた一言でなければ、それまでの強気な態度を崩すことはなかっただろう。
彼は変なところで勘が鋭く、こうして各学会用のレポートの締め切りたちに追われ、まともな食事を口にする時間も惜しくなってきた頃に「酒を飲ませろ」という名目でよく現れる。
それが本当に彼なりのおせっかいなのか、実はそれが重なるのが偶然で、彼自身はワインセラーの中にあるものにしか興味がないのか、その真意はいまだに分からないのだが。


再び家にチャイムの音が響き、観念して部屋への侵入を防ぐ扉の鍵も開けてしまうと、若干上機嫌な彼がずかずかと上がりこんできた。
「相変わらず生活感のかけらもねーのな」
リビングを抜け、カウンターキッチンに手荷物を置きながら、そんな感想を漏らす。
そして勝手に冷蔵庫を開け、見事に何も入ってないその現状を嘆き始めた。
「あのなぁ、何食って生きてたんだ?」
「…霧か霞、と言えば納得してもらえるのかい?」
「できるかアホ、余計心配だ」
本当のところ、栄養調整食品やらコンビニで適当に買ったパンやおにぎり類なんかを、作業の合間に適当にかじっていたのだが、それもそれで何か言われるのだろう。
彼はぐちぐちと小言を並べながら、買ってきた材料を袋から取り出していく。




ところで、彼は粗雑な人物であるが、柄に合わずそこそこ料理が作れる。
作れるものは本人曰く「居酒屋のつまみ程度のものまで」だそうだが、初めてワインを振舞ったときに何か感銘を受けるものがあったのか、それ以降横文字の料理のレパートリーが増えているように思う。
一体どこでそんなものを覚えてきているのか尋ねたところ、「別にどうだっていいだろ」の一点張りで、結局出所を掴むことはできなかった。
それとなく彼の家族と話す機会に尋ねてみたが、そもそも彼の手料理は家族ですら滅多に食べられない代物らしい。


すいすいと包丁を滑らせ、きれいに皿に盛りつけていくその人物は、僕の知る彼ではないのではないだろうかと錯覚さえ覚える。
あっという間に輪切りにしてしまったトマトとモッツァレラチーズを交互に重ね、その間にバジルの葉を挟みこんでいく。
色鮮やかになったそれを満足に見やり、一度冷蔵庫に入れると、先ほどの下準備をしている間茹でていたブロッコリーの湯を空け、それを水切りする。
「フードプロセッサーどこだっけ?」
「下の棚の奥」
「あ、ホントだ。こんな便利なんだから使えよな」
「はいはい」
本当に分かっているのかと一瞥をやりながら、それでも作業の手を止めず、器の中にブロッコリーとアンチョビを入れ、オリーブオイルや黒胡椒を特に量らず入れ、スイッチを入れる。
固形のものさえあったそれらはあっという間に混ざり合って、スプーンですくえる硬さに変わってしまった。
スイッチを切って味を確認してから、彼は買ってきていたバケットを取り出して適当な大きさに切り、それを乗せていく。
「できた。持ってって」
ついでに酒も、と付け加えるのを忘れずに。



しばらく使っていなかった食卓に、言われた通りに皿を運び、グラスや取り皿などを並べ終えた頃、彼は冷蔵庫で冷やしていたものにオリーブオイルや塩、黒胡椒、オレガノをちりばめて持ってきた。
「今日何開けんの?」
「白にしようかと思ってた」
「上等、分かってんじゃん」
魚を入れてきた時点で、今日飲みたかった物は決まっていたのだろう。
やれやれ、とため息を付きながら、最近は手すら付けていなかったワインセラーを開く。
そこにしまってあるものはそれなりに高価なもので、一般には流通しないというものも中にはあったりする。
それを知っているからなのか、彼はここ以外でワインを飲むつもりはないと、以前上機嫌に話していたような気がする。
ありがたい話なのか迷惑な話なのかは分からないが、代わりに彼の手料理という貴重な品を毎度振舞われているのだから、それはそれでいいのかと思い始めた自分が、どうも毒されているようで怖い。


結局、その中でも香り高く、酸味もそれなりにあるものを選んで持っていった。
グラスに注げば薄く輝く黄金色に、彼は満足気に笑ってみせる。
「いやー、やっぱ白はいいよなー」
「この前は赤最高とか言ってなかったか」
「いいんだよ、どっちもうまいんだから」
少しだけ機嫌を悪くした彼に構わず、自分のグラスを軽く掲げて見せると、それに倣って彼も自分のグラスを持ち上げる。
それでも、その表情は不服そうであった。
「別にやる必要ないんじゃない?」
「でも、気分としては盛り上がるだろう?」
「どーだか」
行儀悪く背もたれに空いた腕を引っ掛けて寄りかかりながら、くるくると中の液体を回し、彼が答える。
それでもグラスを下げなかった自分を見かねてか、仕方ないと言わんばかりの顔でグラスを近づける。
「今日は何に?」
その問いに少し考えてから「君のおいしい料理に」と冗談で口にしたら、「冗談でもやめろ」と真っ赤になって反対された。
それがおかしくてくすりと笑うと、赤くなった顔をそのままにこちらをじろりと睨みつける。
そういうのは逆効果だと、誰か彼に教えてあげたほうがいいと思う。
もっとも、僕が見てる分には大層気分が良いので、自分から教えるつもりは毛頭ないのだが。
「もうなんでもいいや、うまい飯だろーが酒だろーが!」
「開き直ったのかい?」
「誰のせいだ、このアホトンマ!」
テーブルの下から普段より幾分か力がない、それでも普通のそれよりは痛い蹴りが飛んできた。
これ以上からかうと拳が飛んでくるからやめよう。
それでも抑え切れずにくつくつと溢れる笑みはどうしようもないものだから、勘弁して欲しい。



少しだけ荒っぽく響いたグラスの音は、たった2人だけの遅すぎる晩酌の始まりを告げる。
今日のこと、明日のこと、ワインのこと、料理のこと。
他愛のない会話の中に、ちょっとした駆け引きを忍ばせて、それを楽しむのも悪くない。
そう思いながら、美しく輝く黄金色に口をつけた。

***

うわーい、晩酌ネタ書こうとしたら見事に食事してないよー!
カフェネタの名残か調理の方に気を取られて、何かもうアニキ’Sキッチンに改名した方がいいんじゃないかなこれ!
オリーブオイルたくさんだし!

お酒が大好きです。酒のつまみも大好きです。
ワインおいしいですよね!

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